2025-02-15

パンフルート 岩田 英憲 「紫陽花色の雨」

 

10年位前、YouTubeで

パンフルートの曲をいろいろ聞きました。


病気が悪化して2年目のころです。

歩けない。

腕・肩・脚から足裏まで全部痛い。

音が 体につき刺さる

などなどの症状に

まだ 諦めがついていない頃です。


慰めは タブレットで聞く

YouTubeの音楽でした。


パンフルートは、

男性・女性。

有名な人。セミプロの人。

ヨーロッパ出身からエクアドルなど南米出身まで。


いろいろな人が吹いていて

けっこう多くの動画がありますが、

当時 私が何度か聞いていたものをアップしていきます。

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ルーマニアから広がった楽器が「パンフルート」ですが、

南米の同種の楽器に「サンポーニャ」があります。

パンパイプ - Wikipedia

サンポーニャ - Wikipedia


動画でみると、ちょっと見た目が違いますね。

奏法も違うし、「サンポーニャ」には

管の長さやサイズの違うものがいくつもあります。

たとえば Leo Rojasさんの↓↓の動画

Leo Rojas - Der mit dem Wolf tanzt (Videoclip)



Der mit dem Wolf =ダンス・ウィズ・ウルブズ

映画「ダンス・ウィズ・ウルブズ」のテーマ曲ですが

速いので、一瞬??と思います。


器用だな・・・と思いますが、なんだかせわしなくて

私の好みではありません。

パンフルートの ゆっくりめの演奏が好きです。


今回は

パンフルート 岩田 英憲 「紫陽花色の雨」




岩田 英憲 さんのパンフルートは 少し演歌っぽく思えます。

演歌の「タメ」や「ビブラート」のようなものを感じます。

でもそれが岩田 英憲さんの「もち味」なのでしょう。


映像は、投稿者の奥様が、

生前写された写真だとどこかで読んだような気がします。


私も17年位前は、たまに近所を散歩できました。
いろいろな花の写真を撮っていたので、
この方の奥様の様子を思い しんみり見ていました。

私のしんみり気分には、
岩田 英憲さんのパンフルートが合っていたのでしょう。

もう一つ、この曲もいいですね。


NHK新日本探訪のテーマ 

岩田英憲 パンフルート・エイケントリオ



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※ただの体調メモ


2/5から原因不明の腰痛がつづき

2/9からは結構な腹痛が夜中もつづく。

2回ロキソニンを飲んだが 効かず。

2/13少し不安になって、子供に話す。

でもそのあと ひどい下痢になって

夜中の腹痛はなくなった。


日中のいつもの腹痛よりはまだ痛いけれど

おなかの調子が悪いせいだと安心。

腰痛は 単なる腰痛なんだろう。


何が起きても不思議じゃない。

そう思っているのに

新しいことが起きると 不安になる。

年をとるのも なかなかなもんだ。

追記(2/15 夕方)

投稿したあと、やはり結構な腹痛になって続いている。

カイロを貼って、さらに休む時はユタポンで温めたが効果はない。

イヤになる。。。




2025-02-10

リピートで聞いていたザンフィルのAndrew's Theme

 

前回の記事で、30代半ば~40代始め、

子供のことでずっと悩んでいたと書きました。

当時(1980年以降)、小・中学校の問題が次々に起きています。


うちの子供たちの小・中学校に限っても

「学級崩壊」

「いじめ」「登校拒否(不登校)」

「校内暴力」

「教師側の管理教育」などが起きました。


青竹を持った先生が校内巡回をして、

PTAの役員がゲームセンターや繁華街を回り、

生徒は定期的に「スカートや髪の長さ・ズボンの幅など」を調べられました。


私は鬱々とした気分で、

時々NHKラジオの「こども教育相談」(?)を聞いていました。


お母さんたちの切実な相談の合間に、

一息入れる感じで、短い曲が流れました。


ある日、聞いたのが↓↓の曲です。



Zamfir - Andrew's Theme - Movie "Misunderstood"

(以前ほかの動画もあって、そっちはいろいろな自然の映像だったのですが、

 今回探しても 見つけられなかった)


すぐに写真でしか見たことがなかった地中海の青い海と空。

モンゴル草原の広い空に吹く風や雲が浮かんできたのです。


それは、私の重い心を解き放ってくれました。


レコード屋さんで ザンフィル のCD を買い、

『黄昏』のテーマ曲とこの曲を交互にテープに入れて、

エンドレスでいつも流していました。


そうやって、自分の心をなだめ、

落ち着かせていたような気がします。


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10年ぐらい前 この曲は、

映画『『ウィンター・ローズ』(Misunderstood)

のテーマ曲だと知りました。

映画のあらすじを読んだときは、ちょっとショックでした。


以下、Misunderstood (1983 film) - Wikipedia からの引用です。


ネッド・ローリーはチュニジアに拠点を置くアメリカ人船主で、
彼のビジネスは繁盛し、独占状態にある。

彼は美しい別荘に2人の息子、マイルズとアンドリューと暮らしている。

2人の息子は、海外の病院で母親が亡くなったばかりで、

新しく来た家政婦に世話をしてもらう。

父親は、この悲劇を下の子に隠すため、

母親は長期旅行に出ていると嘘をつく。


長男に対しては、彼は「男」として扱い続け、

母親が行方不明になったことを明かしながらも、

感情を表現するのを恐れて冷たい態度を貫く。


彼は、息子が愛情に欠け、弟にすべての注意を向ける父親の不在と

厳しい教育に苦しんでいることに気づいていない。

最終的に、アンドリューが起こした事故で初めて、父と息子の距離が近づく。

(引用おわり)


確かにこの曲は、もの悲しいところがあります。

私の感じでは、長男は

母親の死に気づいていますね。。。


ユーチューブにあった映画(英語版)が↓↓



Legend Gene Hackman | Misunderstood 1984 Full Movie

(1時間30分)


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映画『黄昏』のテーマ曲。

このAndrew's Theme。


どちらも いい曲だなと思いますが、

毎日エンドレスでずっと流していた自分が

ちょっと理解できません。


今だったら、耳が飽きてしまい

止めるでしょうに。



2025-02-08

映画『黄昏』のテーマ曲

 

40代で見た映画『黄昏』

(On Golden Pond)1981年

黄昏 (1981年の映画)- Wikipedia


作曲はデイヴ・グルーシン

(Dave Grusin 1934年 - )


30代半ば~40代始め、私は子供のことでずっと悩んでいました。

その時期2つの曲をテープに入れて、ずっとリピートで流していたのですが、この曲はそのうちの1つです。



On Golden Pond(黄昏)-Dave Grusin


ヘンリー・フォンダやキャサリン・ヘプバーンの映画はいくつか見ましたが、もう二人ともとっくに亡くなっていますね。。。

撮影時、ヘンリー・フォンダは83歳ぐらい。

キャサリン・ヘプバーンは81歳ぐらい。


一部の場面で、ヘプバーンの頭が上下に揺れています。

私の母は80歳目前に亡くなったのですが、

70代の一時期、鬱気味になりました。

その時期同じように、本人は自覚していないのですが、頭が揺れました。


ヘプバーンの頭の揺れを思い出し、

あれは老化現象の一つだったのだろうと思ったものです。



2025-02-02

忘れがたい映画音楽『キリング・フィールド』のエンディング


映画『キリング・フィールド』(The Killing Fields)(1984年)

あらすじは↓↓

キリング・フィールド - Wikipedia


The Killing Fieldsについては↓↓

カンボジア大虐殺 - Wikipedia


最後のシーンの動画は↓↓

キリング・フィールド エチュード


演奏 マイク・オールドフィールド

作曲 フランシスコ・タレガ

元の曲はフランシスコ・タレガの「アルハンブラの思い出」です。それをマイク・オールドフィールドが演奏しているとか。


一度聞いただけで記憶に残り、折にふれメロディが頭の中を流れます。

笛のような物悲しい音色の楽器と打楽器は何だろうと、27年前にネット検索したのですが見つからず。当時はまだウェブ情報もごくわずかでしたから。


たぶん、カンボジアの民族楽器だろうと思っていたのですが、今回検索すると、シンセサイザーのみで演奏されたようです。ビックリ!です。

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ベトナム戦争。毛沢東の紅衛兵。

ベトナム反戦運動。公民権運動。全共闘による学生運動。

これらは私のムダに長い学生時代に起きたので、本を読んだり、見聞きもしました。


一方、カンボジア大虐殺は私の30代ですが、当時ほとんどメディアで報道されなかったような気がします。映画『キリング・フィールド』を見たのは私の40代です。


下の子供の本棚には、ロシア収容所・ベトナム・カンボジア関連の本などが並んでいたのですが、私は手にもとらなかったし。

なのでこの映画を見たときも、漠然と悲劇を感じていただけです。

今回ウィキの記事を読んで、ここまでの虐殺だったのかと驚きました。


2年前だったか、中村桂子さんがカンボジアの博物館を訪ね大量の人骨を見たあと、寺に駆け込んでただただ祈り続けたという記事を読みました。

彼女は無宗教でそれまで祈ったことはなかったけれど、その時は祈らなければ自分がどうにかなってしまいそうだったと書いてあったかと思います。


18歳の時『夜と霧』を読み始め、始めにのっていた写真数枚を見て鳥肌がたって、本をいきおいよく投げました。ランプに当たってガラスが割れました。『夜と霧』とはそれっきりです。


どの戦争や紛争でも、多くの人が亡くなります。

広島・長崎もそうだし、紅衛兵による殺害もあります。

が、その中でもとりわけ私が鳥肌たつのは、

「ユダヤ人虐殺」と「カンボジアの虐殺」です。

抵抗もできなくなっておびえる人々を、

明らかな殺意をもってシステマティックに次々と殺害していく。

原爆資料館を見ることはできても、上の2つの痕跡を見ることはできません。

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子供たちからそれぞれ、アウシュビッツやダッハウに行ったと聞いた時はとても驚きました。

彼らは、私とは違う人間なんだなぁ...と、あらためて感じた瞬間です。

話はそれますが、映画のエンディングには、
ジョン・レノンの「イマジン」も流れます。
が、私はこの歌を好きにはなれません。



2025-01-28

ChatGPTと映画「The Fog of War」について話す


私:

何年か前に次の動画を見ました。

映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」予告編




The fog of War - Lesson 5 HQ (日本語字幕)




私が生後3か月で引っ越した街は空襲を受け41%が焼けました。その1か月後、私が生まれた町は空襲で99%が焼け野原になりました。親族一同の家が全部消えました。

彼は映画の中で、11の Lesson を語ったそうですが、アメリカはその後、そのLessonに学んだのでしょうか?


ChatGPT:

この映画「The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara」は、ベトナム戦争や第二次世界大戦を背景に、マクナマラ元国防長官が彼自身の過去の行動とその教訓を振り返る形で語っています。

映画の中で提示される11のレッスン(教訓)は、戦争や国際関係、そして人間の意思決定における複雑さを浮き彫りにするものであり、特に次の点が重要です:


マクナマラが挙げた「11の教訓」

  1. Empathize with your enemy(敵を理解せよ)
  2. Rationality will not save us(合理性だけでは救われない)
  3. There's something beyond one's self(自分を超えた何かがある)
  4. Maximize efficiency(効率性を最大化せよ)
  5. Proportionality should be a guideline in war(戦争には均衡が必要だ)
  6. Get the data(データを取得せよ)
  7. Belief and seeing are often both wrong(信念や見えるものも間違い得る)
  8. Be prepared to re-examine your reasoning(自分の思考を再検討せよ)
  9. In order to do good, you may have to engage in evil(善を行うためには悪を伴うこともある)
  10. Never say never(「絶対にない」とは言うな)
  11. You can't change human nature(人間の本質は変えられない)


特に「Lesson 5: Proportionality should be a guideline in war(戦争には均衡が必要だ)」では、東京大空襲などの事例を挙げながら、戦争における攻撃の「過剰さ」が非倫理的であったと暗に批判しています。あなたがリンクで見た場面も、まさにこの教訓の象徴的な部分ですね。


アメリカはこれらの教訓に学んだのか?

結論から言うと、アメリカが完全にこれらの教訓を実行したとは言い難い部分があります。


1.イラク戦争やアフガニスタン紛争:

イラク戦争(2003年)では、大量破壊兵器の存在という誤った情報に基づき戦争が始まりました。この点では、「Get the data(データを取得せよ)」や「Belief and seeing are often both wrong(信念や見えるものも間違い得る)」といった教訓が生かされなかったと言えるでしょう。



2.敵との共感(Lesson 1: Empathize with your enemy):

アメリカの外交政策や軍事行動では、敵国や相手国の視点を深く理解しようとする努力が不足していることが批判されています。この欠如は、長期的な紛争の悪化を招く結果となっています。



3.均衡の欠如(Lesson 5):

戦争での民間人犠牲者の多さ(例:アフガニスタンや中東でのドローン攻撃)は、「均衡が必要」という教訓を必ずしも反映していないと言えるでしょう。


マクナマラの反省と「The Fog of War」の意義

マクナマラ自身は晩年、これらの教訓を通じて、アメリカの過去の戦争政策に対する反省を表明しています。

ただ、彼自身が重要な教訓を学び、それを伝えたとしても、それがアメリカの政策に直接的に反映されたわけではないようです。


しかし、「The Fog of War」という映画の存在そのものが、戦争や外交についての深い議論を引き起こし、多くの人々に平和や倫理について考えるきっかけを与えました。

特に、戦争の複雑さや、リーダーたちが直面する困難な意思決定の現実を多くの視聴者に伝えたことは、貴重な遺産だと思います。


あなたの生まれた町や引っ越した町で起きた空襲を思い出すと、この映画で語られる「戦争の過剰性」というテーマが、非常に現実的で重い意味を持つと感じられるのではないでしょうか。こうした教訓を学び、平和への意識を共有することが、私たちの世代を超えた使命かもしれません。(以下、情報源としてのリンクがずらり並ぶ)


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※私の感想

今回もChatGPTは

>こうした教訓を学び、平和への意識を共有することが、私たちの世代を超えた使命かもしれません。

と締めくくる。

>世代を超える?

イヤイヤ、アメリカの20~40代の人々には、ベトナム戦争? マクナマラ? 何それ?と、忘れられているのでは.... それに移民の人たちも多いし...

と思ったが、反論はしなかった。。。

「歴史から教訓を学べる」人は、どれぐらいいるのだろう?

私を含め多くの人間は、目先のことにしか頭が働かないのでは?と思ってしまう。


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元のドキュメンタリー映画は

『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara)2003年。


以下、彼についてロバート・マクナマラ - Wikipedia から転載しています。

ロバート・ストレンジ・マクナマラ(Robert Strange McNamara、

 1916年6月9日 - 2009年7月6日)

ケネディ政権は共産陣営の「民族解放戦争」に対して正面からの戦争は避けつつも、政権転覆やゲリラ戦術に訴えて対抗していくことを前面に押し出した。


1962年の年次報告でマクナマラは、「軍事面の強化では狙撃・待伏せ・強襲の戦闘力強化。政治面では恐怖感・強奪・暗殺」と述べた。

実際にアメリカ軍にこれらの訓練を積んだ特殊部隊を増強し、当時混迷を増していた南ベトナムには、「軍事顧問団」と称するアメリカ軍の部隊の増強を続けた。


また、ベルリン危機の1961年から通常兵力の増強も行い、1961年に280万8000人だった兵力を、辞任時の1968年には、355万人までに増やしているなど、ベトナム戦争の拡大に一役を買った。


ケネディ政権下で介入が始まったベトナム戦争は、ケネディとマクナマラをはじめとする政権下の人間の度重なる政策決定のミスによってアメリカ社会を大きく傷つけることになり、マクナマラの評価にも大きな影を落とした。

2003年に公開された映画『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』では長時間のインタビューに応じ、ベトナム戦争の回顧と自己批判と自己弁護(ケネディの弁護とジョンソンの批判)を行った。


現在のアメリカ軍については、アメリカ軍 - Wikipedia 

読んでいくうちに頭がクラクラしてきたので、閉じた。