2025-11-24

李朝おわり頃の韓国ドラマについて、ChatGDPと話す

 

私:

朴正煕政権時代では、ほかに

ジャイアント (テレビドラマ) - Wikipedia を見ました。

当時は興味深く見ていたはずですが、昔のことでもうおぼろげです。

なので、ここ3年位で見たドラマから時代を順に遡っていきます。

李朝が傾き始めるころのドラマでは、

まず、商道 - Wikipedia ですかね。



実在した林尚沃(イム・サンオク、1779~1855)の人生を描いたドラマです。


22代正祖(1752~1800)と23代純祖(1790~1834)・24代憲宗(1827~1849)・25代哲宗(1831~1864)の時代に、北方の義州を舞台に活動したようですね。

話は飛びますが、

正祖のドラマ、イ・サン - Wikipedia や、

哲宗のドラマ、哲仁王后〜俺がクイーン!? - Wikipedia も面白かったです。

両方とも フィクション込みで、

特に『哲仁王后』はコメディ仕立てです。そこが楽しめたんですが。


哲宗の後は、26代高宗(在位:1863~1897)で、李氏朝鮮は終わります。

高宗 (朝鮮) - Wikipedia を読むと、

国内は疲弊し、甲午農民戦争 - Wikipediaのほかにも、

対外的に次々に事件が起きたようですね。


話を戻すと、林尚沃(イム・サンオク)は、李朝末期、
まだ何とか国内がまわっていた時代に生きたように思えます。


ChatGDP:

挙げられた時代と作品の並び方で、韓国ドラマが「歴史そのものの縮図」になっているのがよく見えます。
ここでは、時代の流れとドラマの関係を、事実関係だけ丁寧に整理します。

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■ 林尚沃(イム・サンオク)が生きた時代(1779〜1855)

あなたの理解で大きなズレはありません。
林尚沃の人生は「李朝末期の、まだ秩序が保たれていた時代」に重なります。

● 当時の王たち

正祖(チョンジョ):名君と言われ、政治改革・文化振興を進めた。

純祖 → 憲宗 → 哲宗:いわゆる“勢道政治”の時代。
 王権が弱く、有力な貴族(安東金氏など)が牛耳って腐敗が進む。

林尚沃は、この「政治は腐敗しつつも、
国内市場はまだ機能していた時代」で大商人として成功したわけです。

商人の活動が可能だったのは、国が完全に崩れる前だったからです。

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■ 正祖や哲宗のドラマが面白くなる理由

『イ・サン(正祖)』
正祖は改革意欲が強く、敵も多く、陰謀と政治闘争が絶えなかった。
そのためドラマ化すると“話が作りやすい”。

『哲仁王后』
哲宗そのものは「弱い王」ですが、
周囲の貴族の横暴、宮中の腐敗、外圧の強まりなど
“時代の不安定さ”が背景になるので、
フィクションと相性がいい。

どちらの王も、本物の歴史は重いけれど、
ドラマはそれをうまく料理して娯楽にしています。

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■ 哲宗の次 → 高宗で李氏朝鮮は終わる

ここで情勢が一変します。

● 国内が疲弊した理由(要点だけ)

 ・貧富の差が拡大

 ・貴族による搾取

 ・軍備は弱体化

 ・税制が崩れる

 ・大規模反乱(例:甲午農民戦争=東学党の乱


● 外圧(短期間に立て続け)

 ・アメリカ/フランス/日本による武力事件

 ・清国と日本の対立(これが日清戦争へ)

 ・ロシアの南下

つまり「外も内も同時に崩れ始める」時代です。
林尚沃の生きた時代と比べると、
もう別世界と言ってよいくらい混乱しています。

あなたが感じた

イム・サンオクは、まだ国内がなんとか回っていた時代の人
という認識はその通りです。


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■ 時代を遡ると、ドラマが描く空気が変わる理由

あなたがここ3年ほどで見た作品の流れを追うと、
だいたい以下の段階に重なっています。

1.李朝末期(18〜19世紀)

『商道』『イ・サン』『哲仁王后』
  → まだ国内市場があり、人々の生活が描ける時代。
  権力争いはあるが国は「まだ倒れていない」。

2.李朝崩壊直前(19世紀後半)

  → 外圧、反乱、国家機能の崩れが目立つ。

3.日本統治期・独立前後(20世紀前半)

  → ドラマでは植民地支配・抵抗運動が背景。

4.韓国戦争(朝鮮戦争)とその後(1950〜)

  → 貧困、混乱、独裁、民主化運動など。
  → あなたが挙げたドラマの多くはここ。

5.1980年代の民主化前後

 『応答せよ1988』など
  → 庶民の生活が落ち着きつつも、政治の影が残る。

歴史を直接学ぶつもりはなくても、
ドラマを並べると自然と「韓国という国の軌跡」
が浮かび上がるのは、この作品群の特徴です。

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もし、もう少し遡る作品や似た雰囲気のドラマを知りたければ教えてください。
どの時代のドラマを「もっと深く見てみたい」と感じているかも聞いてみたいです。



私:
そう言えば、風と雲と雨 - Wikipedia や、
緑豆の花 - Wikipedia も見ました。









確か、『風と雲と雨』の最後は、朝鮮を脱出して、
ロシアで村を作って暮らしましたよね。
そんな事が本当に可能だったのか?と疑問に思いましたが。


ChatGDP:

結論だけ先に言うと、

『風と雲と雨』のように “朝鮮からロシアに渡って村を作る” という展開は、

完全に荒唐無稽ではなく、実際に似た事例はある、という位置づけです。

ただし、ドラマの描き方はだいぶ「物語向けに加工」されています。


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■ 朝鮮→ロシアへの移住は、19世紀末〜20世紀初頭に実際に起きた


歴史的事実として、

沿海州(ロシア極東)には大量の朝鮮人が移住して村を作った

という記録があります。


● 理由


・ 李朝末期の混乱(飢饉・税の重さ・内紛)

・ 日本・清・ロシアの三国の圧迫

・ 国境地帯の治安悪化

・ ロシア側が「農業労働力」として受け入れた

・ 国境が緩く、移動が比較的簡単だった


特に**豆満江(トゥマンガン)・鴨緑江(アムノッカン)**を越えた北側は、

住み着く余地があり、村ごと移動するケースもあった。


この移住者はのちに

「高麗人(コリョサラム)」

と呼ばれ、今も中央アジア・ロシアに大きなコミュニティが存在します。


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■ ただしドラマの描写は“簡単すぎる”


『風と雲と雨』では、

「危険から逃れてロシアに行き、村を作り、比較的安定して生活できる」

という流れになっています。

これはフィクション寄りです。


現実はもっと過酷で、

・ 冬が非常に厳しい

・ 土地開墾が大変

・ ロシア側行政との摩擦

・ 食糧不足

など、“生き延びるだけで必死” という環境でした。


さらに後年(1937年)、

スターリンによる朝鮮人全員の中央アジアへの強制移住が起きて、

ロシア沿海州の朝鮮人社会は壊滅します。


つまり、

「ロシアで安住の地をつくる」という夢は、

最終的には歴史の中で壊されたわけです。


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■ 緑豆の花と重なるポイント


『緑豆の花』は**甲午農民戦争(東学党の乱)**を扱っています。

この反乱の後、朝鮮社会は大きく崩れ、

国外へ逃げる人が増えます。

その流れと、沿海州移住の時期が部分的に重なります。


だから

「ロシアへ移住」というドラマの設定は、完全な荒唐無稽ではない

という理解でよいです。


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必要なら、

・ 高麗人(コリョサラム)がどう生きたか

・ ロシア移住と朝鮮末期の混乱の関係

・ ドラマに反映されている部分/されていない部分

なども、追加で整理できます。

他に疑問があれば続けてどうぞ。

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ChatGPT の回答は必ずしも正しいとは限りません。
重要な情報は確認するようにしてください。

(だらだら、思いつくままに続けます。)

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