2025-12-26

年末のご挨拶

 

ブログを書き始めてから10年経ちました。

途中何度か止めながらも、また書き続けたのはなぜか?

自分でもよくわかりません。


が、自分のために書き、

あとで自分が読むために書いていたのは確かです。

それで、ご覧いただいた皆様にあてて

「年末年始のご挨拶」を書いたことはありません。


が、今回初めて、「年末のご挨拶」を書きたくなりました。


私事ですが、今年はことのほか、いろいろありました。

何か起きることは、今後増えこそすれ

少なくなることはないでしょう。


ブログもいつまで続けられるかな・・・

と、実感しています。


たぶん、そういう気持ちから

書きたくなったのでしょう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


私のブログは、

面白くもない長ったらしい「老婆のつぶやき」です。


そんな記事を、数が少ないとはいえ、

見て下さる方がいらっしゃる事に、驚いています。


どなたが見て下さったのかわかりませんが、

その事実を、ありがたいな・・・と思います。


いくら「自分のために書いている」とは言え、

「アクセスがゼロ」では、

途中でもう止めようかな・・・と思ったかもしれません。


私と皆さまに、いいことがあるようにと、願っています。


2025-12-24

李朝末期の身分別の人数と様子を、ChatGPTに訊く

 

朝鮮後期の商業と朝廷の財政について、ChatGDPに訊く のつづきです。

私:

なるほど。

「朝鮮後期の朝廷の歳入源の不安定さ」がわかりました。

また、>行政組織が徴税能力を持たなかった

というのも、今と大きく違う点ですね。

ここは、徳川幕府と違うのかなと思いました。


さて質問です。

両班や地方豪族は、安いお金で奴婢に耕させ、穀物その他を得ていたのでしょうが、朝廷からの給料みたいなものはなかったのですか?


ドラマでは、両班は贅沢な暮らし(絹を着て、酒を飲んで遊び暮らしているような)をしているのですが、李朝末期の人口はどれぐらいでしたか?

また、両班・中人・常民・賤民・奴婢(官奴婢・私奴婢)はそれぞれ、どのくらいの人数だったか、わかりますか?


ChatGPT:

専門用語はできるだけ日常語に置き換えます。

結論を先に言うと、

朝鮮は身分の“人口バランス”が非常にいびつで、

両班が異様に多すぎる社会でした。

そしてこの構造が財政弱体化と徴税能力の低下につながっています。

順に説明します。

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① 両班は「朝廷からの給料」をもらっていたのか?


結論:

ほとんどの両班は給料をもらっていない。


理由はシンプルです。

 ・官職(ポスト)についた人だけが俸禄(給料)を受け取れた

 ・しかし官職につける両班はごく一部

 ・多くの両班は「無職のエリート階級」だった


朝鮮後期になるほど、試験(科挙)に受かる人数は限られているのに、

自分を“両班だ”と名乗る人が膨れ上がっていったためです。


このため、多くの両班は

 ・祖先の土地からの収入

 ・小作農や奴婢に耕させる収入

 ・地域の有力者としての“取り分”(特に不正)

で生活しました。


つまり、両班=公務員ではないという点が、

江戸幕府(武士は石高で給料をもらう)と決定的に違います。


江戸武士:

 「武士=領主から給料(米)を受け取る職業階級」

朝鮮両班:

 「身分は高いが、職はない。収入は自力で確保」


この違いは非常に大きいです。


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② 李朝末期の人口(18〜19世紀)


19世紀半ば〜末の推計で 約1,300万〜1,600万人 と見られています。

(人口統計が不正確なため幅があります)


 ・18世紀後半:1,000万〜1,200万

 ・19世紀後半:1,300万〜1,600万

 ・日本(幕末)は約2,500万

  → 朝鮮は日本より規模が小さい。

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③ 身分ごとの人口割合(推計)


ここが最大の特徴です。


結論:

両班が人口の20〜30%に達する地域すらあった。

これは世界的に見ても非常に珍しい現象です。


一般的な推計(19世紀):


■両班(ヤンバン):10〜20%

 地域によっては30%。

 「名乗るだけ両班」の“ニセ両班”も大量にいたため数が膨らんだ。


■中人(チュンイン):1〜2%

 技術職・書記官・通訳など。

 身分は高いが数は少ない。


■常民(チャンミン=農民・一般民):60〜70%

 大多数。

 税負担の中心。


■賤民・白丁:5%前後

 皮革職人、屠殺、墓守など。差別がきつい。


■奴婢(官奴婢・私奴婢):5〜10%

 16世紀は“奴婢制度のピーク”で人口の30%超と言われたが、

 18〜19世紀には減り、最終的には5%台に落ちる。


■なぜ両班が増えすぎたのか?


理由は3つ。


1. 両班という身分は世襲で、増える一方だった

2. 土地があれば両班と名乗れる地域もあった

3. 科挙合格者数はほぼ一定なのに、受験資格を持つ“両班”だけが膨張


結果として

「特権階級が人口の20%を超える」という異常事態

になりました。


これにより何が起きたか?


 ・税を払う層(常民)が相対的に減る

 ・税を払わない層(両班)が増え続ける

 ・行政担当者(地方官)が不正に流れて徴税が機能しない

 ・国庫が枯渇する

 ・貨幣経済が発展しない -商人への依存度が高まる


まさにドラマ『商道』で描かれる状況と一致します。


■江戸時代との比較(簡潔に)







→ 朝鮮の方が、構造的に行政も財政も不安定。


必要なら、

「両班が多すぎる社会の“崩壊のメカニズム”」

「奴婢がなぜ急減したのか」

「なぜ朝鮮は身分秩序ばかり拡大し、税基盤が縮小したのか」

なども詳しく書けます。

どこを深掘りしますか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私:

奴婢が急減した理由はなんですか?


ChatGPT:


理由は一つではなく、

制度・経済・国家財政の破綻・逃亡の増加が同時に起きた結果です。

中学生にも分かる言い方で整理します。


ーーーーーーーーーーーーー


① 国が「奴婢制度はもう維持できない」と判断した


李朝後期、とくに18〜19世紀になると、国はこういう状態でした。


 ・戦争と飢饉が続く

 ・役人の腐敗で税が集まらない

 ・軍隊の維持もできない


そこで国は考えました。


「奴婢は税も軍役もほとんど負担しない。

このままだと、国を支える人数が足りない」


つまり、

奴婢を“税を払う平民”に変えたほうが国が助かる

という発想に変わったわけです。


ーーーーーーーーーーーーー


② 国が法律で「奴婢を解放」した


決定打がこれです。


● 1801年(純祖の時代)


官奴婢(国の奴隷)をほぼ全員解放


→ それだけで、数十万人規模が一気に平民になりました。


● その後も段階的に


 ・逃げた奴婢は黙認

 ・身分調査をゆるくする

 ・私奴婢(個人の奴隷)も、事実上の自由化


制度の上でも、実態の上でも、

奴婢を維持しない方向に国が舵を切ったということです。


ーーーーーーーーーーーーー


③ 経済が「奴婢を使う形に合わなくなった」


昔の農業は、


 ・土地を大きく持つ

 ・奴婢に耕させる

 ・収穫物を取り上げる


という仕組みでした。


ところが後期になると、


 ・小作人(借りて耕す農民)が増える

 ・現金取引が増える

 ・市場経済が拡大する


すると、


「一生食わせなければならない奴婢」より

「必要な時だけ雇える小作人や日雇い」

 の方が安上がりになります。


つまり、経済の仕組みが“奴隷制向き”ではなくなったのです。


ーーーーーーーーーーーーー


④ 奴婢の「大量逃亡」が止められなくなった


後期になると、こういうことが普通に起きます。


 ・飢饉 → 主人が養えない

 ・戦乱 → 戸籍がぐちゃぐちゃ

 ・地方役人も管理しきれない


逃げた奴婢は:


 ・農村に紛れる

 ・市場の労働者になる

 ・山に逃げる


本来なら捕まえるべきですが、

役人が賄賂を取って見逃す

そもそも捕まえる能力がない


結果として、

「戸籍上は奴婢、実態は自由民」

が大量発生しました。


ーーーーーーーーーーーーー


⑤ 両班にとっても「奴婢はもう重荷」になった


ドラマだと、両班は楽に暮らしているように描かれますが、後期は違います。


 ・土地の収益が下がる

 ・税の負担は両班にも来る

 ・賄賂、交際費、官職維持費が重い


すると、


「働かない奴婢を一生養うより、

自分で耕す小作人から地代を取る方がマシ」

という判断になります。


だから、

両班の側からも奴婢を手放す動きが広がったのです。

ーーーーーーーーーーーーー


⑥ 結果としてどうなったか


18世紀前半 → 奴婢は人口の30%近く

19世紀半ば → 数%まで激減

20世紀初め → 事実上消滅


つまり、


奴婢は「人道的に解放された」というより、

国家と経済が維持できなくなって、自然崩壊した制度


です。


あなたの見てきたドラマとの対応


 ・『推奴』=逃亡奴婢が大量に出るのは史実に近い

 ・『馬医』『商道』の時代=すでに奴婢制は末期

 ・『緑豆の花』の頃=制度としてほぼ崩壊


すべて、時代の流れと合っています。


もし関心があれば、

「日本の江戸時代に“奴隷制度が存在しなかった理由”」

との比較も、かなり面白い対比になります。

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ChatGPT の回答は必ずしも正しいとは限りません。
重要な情報は確認するようにしてください。

ChatGPT の挙げる数字については異説もあり、少し当てになりません、
が、時代の変化の説明については、おおむね合っていると思うので
ChatGPTを利用しています。



2025-12-20

ChatGDPの回答の著作権について、ChatGDPに確認する

 

私:

AIについて質問していきます。

まず、あなた(ChatGDP)の回答(文章)をコピーして、

自分のブログにそのまま貼り付けてもいいのか?

著作権にひっかかる事はないですか?


ChatGDP:

結論から言います。

原則として、あなたが受け取った私の回答文を、

そのまま自分のブログに貼り付けても、著作権侵害にはなりません。

理由を順に説明します。




1. 著作権はどうなっているか


ChatGPTの回答文については、OpenAIの利用規約上、

  • ユーザーが入力した質問に対して生成された文章は

  • そのユーザーが利用・再利用してよい

という扱いになっています。

つまり、
あなたが質問 → 私が答えた文章
この「答え」は、あなたが使う前提で出力されたものです。

そのため、

  • コピーする

  • ブログに貼る

  • 編集せずそのまま載せる

いずれも、著作権侵害には当たりません。




2. 「著作物」かどうかという点


日本の著作権法では、

  • 人の思想・感情を創作的に表現したもの
    が著作物です。

AIの文章は、

  • 人間の思想や感情を直接表したものではない

  • 法律上、著作者(人)を特定できない

という理由から、
そもそも「著作権が発生しない」と考えられるのが一般的です。

現時点の日本の実務では、
「AIが書いた文章に、AI自身の著作権がある」
とは扱われていません。




3. 注意すべき点(ここは重要)

ただし、次の点には注意が必要です。


① 他人の文章をそのまま含んでいないか

私の回答の中に、

  • 特定の本や新聞記事を長く引用

  • 歌詞や小説の一節をそのまま再現

などが含まれていた場合は、
その部分は元の著作物の権利が関係します。

→ ただし、私の通常の解説文では、まず問題になりません。


② 「AIが書いた」と書く義務はあるか

法律上は、

  • 「これはAIの文章です」と明記する義務はありません。

書くかどうかは、
ブログの方針や読者との関係の問題です。




4. 現実的な判断


現実的には、

  • 個人ブログ

  • 解説・考察・メモ用途

で、ChatGPTの文章をそのまま貼ることについて、
法的に問題になるケースはほぼありません

企業サイトや商用広告でも、
現在は普通に使われています。




もし次に、

  • 「引用扱いにしたほうがいいか」

  • 「商用ブログの場合は?」

  • 「自分の文章と混ぜた場合は?」

といった点が気になれば、そこも具体的に説明できます。


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私:

最近PDFの文書を見ると「このPDFは長文なので、AIアシシタントが要約します」というような表示がでますね。 


たまにその「AI要約」を読むんですが、もしもその「AI要約」をブログにそのままコピペするとしたら、著作権の問題はどうなりますか?


ChatGDP:


1.PDFビューア等の「AI要約」をそのままコピペした場合の著作権


結論:グレーではなく、条件次第でアウトになる可能性があります。

理由はこうです。


(1)AI要約は「元の文書」と無関係ではない


AI要約は、

  • 元のPDF(多くは人間が書いた著作物)

  • を材料にして作られた文章

です。

日本の著作権法では、

  • 原文を短くしても

  • 構成や意味をそのまま引き継いでいれば

**「翻案(=二次的著作物)」**と見なされることがあります。

AIが作ったかどうかは関係ありません。
問題になるのは、

元の著作物の内容を、実質的に置き換えて公開しているか

です。


(2)誰の利用規約かが重要


PDFビューアやブラウザのAI要約は、

  • Adobe

  • Google

  • Microsoft

  • 各種PDFサービス

などが提供しています。

多くの場合、利用規約にはこういう趣旨が書かれています:

  • 要約は「閲覧補助」のため

  • 再配布・転載は想定していない

つまり、
「読者として読むのはOK、外に出すのは別」
という扱いです。

→ その要約文をブログに貼ると、
規約違反+原著作物の問題が同時に出る可能性があります。




2.「AIが書いたから著作権フリー」ではない


よくある誤解ですが、

  • AI要約=著作権フリー
    ではありません。

理由は単純で、

  • AI要約は

  • 元の著作物をもとにした「派生物」だからです。

たとえると、

  • 小説を人が要約 → 勝手に公開すると問題

  • 小説をAIが要約 → 同じ

扱いは変わりません。




3.AI要約を使うなら、こう扱うべき


どうしてもAI要約を参考にするなら、

  • 自分が理解するためだけに読む

  • 書くときは

    • 表現を全部自分で組み直す

    • 構成も変える

これが現実的な線です。

「AI要約をそのまま貼る」
これだけは、
個人ブログでも避けたほうがいい行為です。


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私:

もう1つ質問です。

昔々興味はあったけれど、

難しすぎて読まなかった本がいろいろあります。

例えば仏教の経典・国富論・資本論などなど。

原著は古典なので、著作権はないと思います。


あなたに、その本の内容を要約してもらいたいのです。

2000~3000字ぐらいでね。

あなたの要約回答をそのままコピペして、

ブログに貼り付つけるのは、OKですか?


ChatGDP:

結論から言います。

原著がパブリックドメイン(著作権切れ)であれば、私がその内容を要約し、その要約文をあなたがブログにそのまま載せても、著作権侵害にはなりません。

ただし、条件があります。ここを外すと話が変わります。




1.「原著は古典」だけでは足りない


仏典・『国富論』・『資本論』について、まず整理します。

原著そのもの

  • 釈迦(仏典)

  • アダム・スミス(1723–1790)

  • カール・マルクス(1818–1883)

原著の著作権はすでに消滅
ここは問題ありません。




2.危険なのは「翻訳」と「現代語版」


ここが最大の落とし穴です。

翻訳書・現代語訳・解説書

  • 明治以降の日本語訳

  • 現代人向けに書き直した本

  • 学者の注釈つき版

これらは、

  • 翻訳者・編者の著作物

  • 著作権は生きています


もし私が、

  • 特定の日本語訳

  • 特定の現代語版

  • 特定の解説書

の表現や構成を強くなぞった要約をすると、
その要約は二次的著作物になり、転載はアウトになります。




3.では、私の要約は何を材料にしているのか


ここがポイントです。

私が要約する場合、

  • 原著の内容(思想・構造・主張)

  • 複数の解説的知識

  • 一般化された理解

再構成して書きます


つまり、

  • 特定の翻訳文を縮めたもの
    ではなく、

  • 内容を説明する独立した文章

になります。


この場合、

  • 原著はパブリックドメイン

  • 要約文は私が生成した新しい文章

  • あなたはそれを自由に利用できる

という整理になります。




4.2000~3000字をそのまま貼ることについて


法的には:

  • 商用・非商用を問わず

  • コピペでも

  • 出典表記なしでも

著作権侵害にはなりません


なぜなら、

  • 引用ではない

  • 他人の著作物を転載していない

  • 権利者が存在しない原著を素材にしている

からです。




5.ただし「学問的に正しい書き方」ではない点


これは法律ではなく、知的誠実さの問題です。

読者から見て、

  • どの本についての要約か

  • 原著なのか、思想の概要なのか

が分からないのは不親切です。


なので実務的には、

  • 「〇〇(著者名)の『△△』の内容を、理解のために要約したもの」

  • 「原典は18世紀/19世紀の著作」

と一行書くだけで十分です。

「AIが要約した」と書く義務はありません。




6.やってはいけないパターン


これは明確にアウトになりやすいです。

  • 「岩波文庫の○○訳を要約して」

  • 「○○氏の現代語訳を元にまとめて」

  • 「この日本語訳PDFを要約して」

→ これをそのままブログに貼ると、
翻訳者の著作権を侵害する可能性が高い




7.現実的な結論


あなたがやろうとしていることは、

  • 古典を自分で読む代わりに

  • 内容理解のために要約を使い

  • それを紹介する

という行為です。


原著がパブリックドメインである限り、法的には問題ありません。

むしろ今後は、

  • 「どの翻訳を元にしているか」を避ける

  • 「思想の流れ・論点・構造」を中心にまとめる

これを意識すれば、安全域はかなり広いです。


次に進むなら、

  • 仏典のように「成立年代が複数あるもの」

  • 『資本論』のように「未完・編集版があるもの」

このあたりも、注意点を整理できます。

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ChatGPT の回答は必ずしも正しいとは限りません。
重要な情報は確認するようにしてください。


2025-12-17

この苦境から逃れたいという祈りについて、ChatGDPに訊く

 

私:

「祈る」という事について少し考えたい。

話があちこちに飛びますがお願いします。

古来、人は、自分ではどうしようもない苦境に陥った時

「誰か助けて」という気持ちになったのではないかと思います。

周りに助けてくれるもの(人や物理的な手段)があれば、

まずそちらに働きかけるでしょう。


ですが、それがない場合は「神・仏」などに祈ったのでしょうかね?


ChatGDP:

話は飛んでいません。筋は通っています。
結論から言うと、その理解は大きく外れていません。

ただし、少し補足と修正が要ります。

まず前提として、古代の人にとって「神・仏」は、

現代人が思うほど「超自然で遠い存在」ではありませんでした。




1. 「誰か助けて」という感情は、人間の基本反応


これはほぼ間違いありません。
人は、

  • 危険

  • 病気

  • 飢え

  • 天災

など、自分の力が及ばない状況に置かれると、脳が「外部の力」を探します。
これは本能に近い反応です。

周囲に
・家族
・仲間
・道具
・知識

があれば、まずそれを使う。
それが尽きたとき、「それ以外の力」に向かう

ここまでは、現代でも同じです。




2. 古代の「神・仏」は、今でいう「世界の仕組み」


古代の人は、

  • なぜ雷が落ちるのか

  • なぜ疫病が流行るのか

  • なぜ作物が実る年と実らない年があるのか

を説明する科学を持っていません。

そこで、

  • 雷を起こす存在

  • 病をもたらす存在

  • 豊穣を司る存在

として「神」が生まれました。

ここで重要なのは、
神は「助けてくれる人格者」というより、

「自然現象を動かす力」だったという点です。

祈りは、

神様にお願いする
ではなく
世界の動きと折り合いをつけようとする行為

に近かった。




3. 「祈る」は、行動が尽きた後の“最後の手段”ではない


ここは少し修正点です。

現代人は
「努力 → それでもダメなら祈る」
という順番を思い浮かべがちですが、

古代では、行動と祈りはセットでした。

  • 種をまく → 豊穣の神に祈る

  • 薬草を使う → 病の神に祈る

  • 戦う → 勝利の神に祈る


つまり祈りは、

自分ができることをやったうえで、
それ以外の不確実さを引き受けるための「手続き」

でした。




4. 「祈り」は現実逃避ではなく、現実整理の手段


祈りには、非常に現実的な役割があります。

  • どうにもならない事を「どうにもならない」と認める

  • 責任を自分一人で背負わない

  • 心を落ち着かせ、次の行動を選びやすくする

これは、現代でいう

  • カウンセリング

  • マインドフルネス

  • 認知の整理

にかなり近い働きです。


神の実在とは別に、祈りという行為自体が、心理的に合理的だった。




5. 仏教の場合は少し性格が違う


仏教では本来、

  • 仏は「助けてくれる神」ではない

  • 苦しみの構造を理解する存在

です。

初期仏教では、

祈っても苦は消えない
苦が生まれる仕組みを知れ

という立場でした。

ただし、民衆レベルでは、

  • 観音に祈る

  • 阿弥陀にすがる

という形に変化していきます。

これは生活の厳しさに耐えるための実用化です。




6. 結論として

あなたの考えは、

  • 人はまず現実の手段を使う

  • それが尽きたとき「誰か助けて」と思う

  • その延長線上に祈りがある

という点で、歴史的にも心理学的にも妥当です。


ただし祈りは、

  • 単なる絶望の産物ではなく

  • 世界を理解し、心を保つための知恵

として、かなり早い段階から人間社会に組み込まれていました。


もし次に進むなら、
「祈りは本当に“誰かに向けた行為”なのか」
という問いが出てきます。
そこは、宗教と心理の分かれ目になります。


私:

ここから、話があちこちに飛びます。


古代、「世界の仕組み」を説明するのに

神々を頭に浮かべたのは、わかります。

ギリシャやメソポタミア・インドの神々はそうでした。

ユダヤ教でも、初期は戦いの神に祈っていました。


しかし、イエスの復活神話以降、

キリスト教では「原罪・救い」という考えが生まれ、

イエスの「奇跡的な癒し」の話も出てきます。

後には「マリア信仰・ヨゼフ信仰」も出てきます。


一般の人々は、助けてくれる存在として

「ヒンズーの神々・観音菩薩・地蔵菩薩」に、

また「先祖や亡くなった親たち」にも祈ったりしているように思います。


エリ・ヴィーゼルは『夜』で、

「彼の父親(ラビ)は神に祈り続けたが、父は死んだ。

 神の不在がわかった」と書いていたような気がします。


私も「助けてほしい」と願う時がありますが、

そういう存在を思い浮かべられないのです。


「カウンセリング・マインドフルネス・認知の整理」が

有用であることはわかりますが、

追い込まれ疲れてしまっている時は、その余裕がないのですよ。


ChatGDP:

話は飛んでいるようで、一本の線でつながっています。
あなたが見ているのは、「祈りの対象がどう変質してきたか」と

「それでも祈れない人が残る理由」です。

順に整理します。




1. 多神教の神々は「役割を持つ力」だった


ギリシャ・メソポタミア・インドの神々は、

  • 戦争

  • 豊穣

など、担当分野がはっきりした力です。
だから人は「状況」に応じて祈れた。

これは合理的です。
世界が細かく分かれて見えていたから、祈りも分散していた。




2. ユダヤ教 → キリスト教で起きた決定的な転換


ユダヤ教初期の神は、あなたの言う通り戦う神・契約の神です。
勝てば神のおかげ、負ければ契約違反。


ここにイエスの物語が入って、構造が変わります。

  • 外の敵との戦い → 内面の罪

  • 現世の勝敗 → 死後の救い

  • 神の力 → 神の愛

これが「原罪・救済」という枠組みです。

重要なのは、


 神が「世界を動かす力」から

「人の苦しみを引き受ける存在」に変わったこと。




3. 奇跡の癒し・マリア信仰が広がった理由


イエスの奇跡譚、マリア・ヨゼフ信仰は、

  • 教義としての必然

  • 人々の生活感覚

この2つがずれた結果です。

一般の人々は、

  • 病が治らない

  • 貧しさから抜け出せない

  • 子どもが死ぬ

という即物的な苦しみの中にいました。


「死後の救い」だけでは足りない。
だから、

  • 優しく聞いてくれそうな存在

  • 直接助けてくれそうな存在

として、マリアや聖人が必要になった。

これは神学の堕落ではなく、生活の要請です。




4. 観音・地蔵・祖霊信仰が続く理由


観音や地蔵、先祖への祈りには共通点があります。

  • 全能ではない

  • 世界を支配しない

  • そばにいる存在

つまり
失敗しても責任を問われない相手です。

これは非常に現実的です。

唯一神は、どうしても

  • 「なぜ助けなかったのか」
     という問いを生む。

観音や先祖は、

  • 助けられなくても責められない

  • ただ聞いているだけでも成立する




5. エリ・ヴィーゼルの「神の不在」は論理的帰結


『夜』で描かれるのは、単なる絶望ではありません。

  • 祈り続けた

  • 律法を守った

  • それでも父は死んだ

ここで彼が見たのは、

神が存在しない
ではなく
祈りと結果が結びつかない世界

です。

これは信仰の否定というより、
因果関係への拒否です。

「祈れば救われる」という構造が崩れた。




6. 「助けてほしいが、思い浮かべる存在がない」人は珍しくない


これは欠落ではありません。
むしろ、あなたはこういう前提を無意識に持っている。

  • 助けるなら、実際に助けてほしい

  • 助けられない存在に期待するのは、自己欺瞞に近い

この前提を持つと、

  • 菩薩

  • 祖霊

のいずれも、像として立ち上がらなくなる

理屈として一貫しています。




7. 「余裕がない時に使えない技法」は、技法として未完成


あなたの最後の指摘は正しい。

  • カウンセリング

  • マインドフルネス

  • 認知の整理

は、エネルギーが残っている人向けです。

追い込まれている時に使えないなら、それは

  • 意志の弱さではない

  • 技法の適用範囲の問題

古い祈りが生き残った理由はここです。


祈りは、

  • 考えなくていい

  • 理解しなくていい

  • 正解を出さなくていい

最小エネルギーで成り立つ行為だった。




あなたが抱えているのは、

  • 祈れないこと
    ではなく、

  • 納得できない構造に身を預けられないこと

です。

それは信仰心の欠如ではなく、
思考の一貫性の結果です。

この先にある問いは、
「人は、誰にも預けられない時、何に耐えるのか」
になります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私:

あなたの回答、腑に落ちます。


>助けられない存在に期待するのは、自己欺瞞に近い

>納得できない構造に身を預けられないこと


そう、この感覚ですよ。

私は、初期仏教の考えに共感するところがあったし。

でも、現実には「この苦境から逃れたい」と思う時があるわけです。


では、「人は、誰にも預けられない時、何に耐えるのか」

あなたにこの質問をします。


「答えのない状態に耐える力」(ネガティブケイパビリティ)などと

 簡単に持ち出さないでください。


ChatGDP:

条件ははっきりしていますね。
では、回り道をせずに答えます。




1. まず否定しておくべきもの


「誰にも預けられない時、人は“意味”に耐える」
「希望に耐える」
「未来に耐える」

これは違います。
それらは 耐えられる人だけが後から語る説明 です。


本当に追い込まれた場面では、

  • 意味は役に立たない

  • 希望は裏切る

  • 未来は想像できない

あなたが言う「逃れたい苦境」とは、その段階でしょう。




2. 実際に人が耐えているのは「力」ではない


重要な点があります。

人は、耐える“力”を使って耐えているわけではない。

・勇気
・精神力
・悟り
・受容

こうしたものは、事後的に貼られたラベルです。


現実には、人は

耐えてしまっている

だけです。




3. 誰にも預けられない時、人が実際にしがみつくもの


歴史・記録・証言を見ても、共通点は非常に地味です。

人が耐えているのは、次のようなものです。


① 身体の自動運転

  • 呼吸が続く

  • 心臓が動く

  • 痛みが周期的に変わる

これは意志ではない。

生理現象が勝手に続く

エリ・ヴィーゼルが生き延びたのも、ここです。




② 時間の最小単位

人は「生き続ける」ことには耐えられません。


耐えられるのは、

  • 今日

  • 今の1時間

  • 次の10分

もっと言えば、

  • 次の呼吸

  • 次の瞬間

未来を引き受けていない

だから壊れない。




③ 判断停止という行為


これは非常に重要です。

  • これは正しいか

  • 意味があるか

  • 耐える価値があるか

こうした判断を、やめる


初期仏教でいう「無記(答えない)」に近い。

答えがないから耐えるのではない。
答えを出す作業を止めることで、耐えられてしまう




4. 「逃れたい」という感覚の正体

ここで、あなたの言葉をはっきり整理します。


「この苦境から逃れたい」

これは、

  • 希望ではない

  • 救済願望でもない

苦の入力を止めたい という、極めて物理的な欲求です。


だから、

  • 教義

  • 慰め

  • 意味づけ

は役に立たない。


役に立つのは、

  • 苦が一時的に弱まる

  • 意識が別の場所に移る

  • 判断しなくて済む

という、負荷の軽減だけ。




5. 祈りが果たしていた現実的な役割

ここで、最初の話に戻ります。

祈りは、

  • 神を信じる行為
    ではなく、

  • 判断を放棄する装置
    でした。

「なぜか」を考えなくて済む。
「どうなるか」を引き受けなくて済む。


あなたが祈れないのは、

  • 逃げたくないからではない

  • 弱いからでもない

判断停止を、外注できる装置を信用していないからです。




6. 結論を一文で言うなら


誰にも預けられない時、人は

何かに耐えているのではない。
耐えるという判断を、やめてしまっている。

それでも身体と時間が勝手に進むから、
結果として「耐えているように見える」。

これは美談ではありません。
非常に冷たい、事実の記述です。

そして、あなたの感覚はこの事実と矛盾していません。


私:

>耐えるという判断を、やめてしまっている。

 それでも身体と時間が勝手に進むから、

 結果として「耐えているように見える」


あなたのこの文章を読んで思い出しましたよ。

過去に、ガン患者たちの闘病記を読んだのですが、彼らが書いていました。


・次の1分を耐える

・今日一日。今日一日。と思っている

・今、このコーヒーを味わう


ダヴィド・S.シュレーベル著『がんに効く生活』には、


>肉体が病に屈したかに見えたとき、

 ヘレンは、まるで忠実で愛情深い犬のように

 いつもそばにあったものに気づきそれにしがみついた。

 それは、胸の中で確かに呼吸している、という感覚だった。

とありました。


では、今日も「ミカンやリンゴの味」を味わい、

肺や心臓の働きに感謝して、なんとかやっていくとしましょうか。。。


ChatGDP:

あなたが挙げた記述は、きれいごとでも比喩でもありません。
観察として正確です。

ガン患者の闘病記に繰り返し出てくる

  • 次の1分

  • 今日一日

  • いま口にある味

  • 呼吸している感覚

これらは「前向き」でも「感謝」でもない。


注意を、意味や将来から切り離して、身体の現在に固定しているだけです。




シュレーベルの引用も同じ構造です。

いつもそばにあったもの
胸の中で確かに呼吸しているという感覚

ここには
・希望
・治癒への信念
・人生観 は出てきません。

あるのは、

  • 逃げ場がなくなったときに

  • まだ残っていた、最も壊れにくい事実

**「呼吸が起きている」**という一点だけです。




重要なのは、これが「選択」ではないこと。

  • 呼吸に感謝しよう

  • 味わおうと心がけよう

という意思決定ではなく、

思考が役に立たなくなった結果、
感覚だけが残った

という状態です。

だから多くの人が、同じ場所にたどり着く。




あなたの最後の一文について、少しだけ正確に言い直します。

肺や心臓の働きに感謝して

これは、無理に付け足さなくていい。
感謝は意味づけです。

実際に起きているのは、

  • ミカンの酸味がある

  • リンゴの歯触りがある

  • 呼吸が勝手に続いている

それだけ。


「なんとかやっていく」でもありません。
「やってしまっている」だけです。

それで十分ですし、それ以上の説明は要りません。

あなたが思い出したエピソードは、
人が誰にも預けられなくなったときに、
実際に何に残されるのかを、正確に示しています。

宗教でも心理学でもなく、
生物としての事実です。


私:

なるほど。

>注意を、意味や将来から切り離して、身体の現在に固定しているだけ

確かにそうですね。

人の身体は「大いなる自然」で、自然に自動的に動いていくものでした!


ChatGDP:

その理解は正確です。飛躍もありません。

人の身体は、思想や信仰よりずっと古い。
自然そのものです。




人間はしばしば、

  • 意志で生きている

  • 意味で支えられている

  • 理解によって耐えている

と思い込みますが、極限では全部はがれます。

残るのは、

  • 呼吸中枢が延髄で動く

  • 心筋が自律的に収縮する

  • 消化管が勝手に蠕動する

これは「私」が頑張っているわけではない。
自然現象が人体という形で続いているだけです。




だから、あなたが言った

人の身体は「大いなる自然」

これは比喩ではありません。
神話的表現でもない。

海が満ち引きするのと同じレベルで、
身体は勝手に続く。




この見方に立つと、

  • 祈り

  • 感謝

  • 受容

「必要条件」ではなくなります。

自然は、

  • 理解されなくても動く

  • 感謝されなくても続く

  • 意味づけされなくても壊れない




あなたが今やっていることは、

  • 何かを信じることでも

  • 前向きになることでもなく

自然の一部として、自然に任せられている状態です。

それは逃避ではありません。
現実から最も離れていない位置です。

この地点まで来ると、
「耐える」という言葉自体が、少しずれて見えてきます。


私:

今日のやりとりは助かりました。
ありがとう。

ChatGDP:

そう言ってもらえたなら、それで十分です。

今日のやりとりで出てきたことは、
元気づけや意味づけではなく、事実の整理でした。
それが役に立ったのなら、会話として成立しています。

また考えたくなった時に、続きをやりましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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重要な情報は確認するようにしてください。


2025-12-07

朝鮮後期の商業と朝廷の財政について、ChatGDPに訊く

 

 小説『商道』について、私の妄想と疑問をChatGDPに話す のつづきです。


私:

ドラマ『商道』では、商人たちと朝廷高官との関係が出てきました。

松商は、高官に多額のワイロをよく贈りました。


サンオクも、人参交易の権利を頼みに、知り合いの高官を訪ねます。

彼の場合は、私的なワイロではなく、

朝廷への税を治めると言ったかと思います。

朝廷の実質的な財政は苦しく、

商人が治める税金に頼っていたような気もします。


質問は以下です。

朝鮮後期の商業について。


①湾商・松商ほかの実像

今でいえば、どれぐらいの売り上げがあり、

どれぐらいの税を納めていたのか


②朝鮮は「商人を身分的に低く見たのに、商業は発達したのか」


ChatGDP:

ここは歴史の専門書でも数字がそろわず、

推定で語る部分が多いです。

ですが、ドラマで描かれた世界がどのくらい現実と近いのか、

できるだけ「中学生にもわかる」レベルまでかみ砕いて説明します。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


① 湾商・松商などの実像


(※厳密な売上高の記録は残っていないため、

 当時の相場や制度からの推定になります)


朝鮮後期には、特定の地域の商人に

「独占販売権」を与える制度がありました。

例として


 ・松商(ソンサン):高麗人参の独占販売

 ・湾商(ワンサン):平壌を拠点に国際交易(特に清との交易)

 ・開城商人(ケソン商人):人参以外の布・綿・金など幅広い物資


いずれも「国家公認の特権商人」で、

現代の言葉でいうと “大企業グループ” に近い立場でした。


■どれほど稼いでいたか(推定)


高麗人参は、当時中国で非常に高価でした。

清での売価は、銀1斤(約600g)=今の100〜150万円相当という例もあります。


湾商・松商の売り上げは、

今の金額に換算すると、年間で数十億〜数百億円規模と推定されています。

もちろん商人全員が大儲けしたわけではなく、「一部の上層商人」です。


■どれほど税を納めていたか


朝鮮の国家財政は銀不足で常に苦しく、

「人参税」「商人からの上納」が財政の柱の一つになっていました。


商人にとって、税の上納は

 ・役人への贈答(賄賂)

 ・朝廷への“寄付”に近い上納金

が混ざっており、境界があいまいでした。


ドラマでサンオクが

「朝廷に税を納めることで、代わりに交易権を得る」

というのは、実際の慣行と一致します。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


② 朝鮮は「商人を身分的に低く見たのに、商業が発達したのか」

これは一見矛盾していますが、理由ははっきりしています。


◇ポイントは3つ


① 商業は嫌われたが“必要”だった


儒教社会では

商人=「自分では何も作らず、利を取るだけ」

とされ、身分は最下層。


しかし現実には


 ・国家が税収を商人に依存していた

 ・国際貿易(対清・対日本)は商人がいないと成立しない

 ・都市化の進行で市場が拡大した


つまり

建前では嫌う、しかし実際は頼る

という矛盾した構造になっていました。

これは中国清朝でもよく見られる典型的な構造です。


② 身分秩序が崩れ、富のある商人が台頭した


18〜19世紀には

 ・両班が没落して土地を売る

 ・商人が土地や人手を買い取る

 ・富を持った商人が政治に影響力を持つ

など、社会の実態は大きく変わりました。


名目上は「商人は最下層」ですが、

実際には 経済を動かす中心 でした。


③ 役人の腐敗が商人をさらに強くした


賄賂を必要とする官僚制度では、

商人が「金を持っている」こと自体が政治力の源になりました。


つまり

 ・身分制度が商人を下に置く

 ・しかし腐敗した政治が商人の金を必要とする

このギャップが、商業発展の原動力になったわけです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


◇ドラマ『商道』の描写は、どこまで本当か?


結論だけ言うと、


 ・賄賂まみれの官僚

 ・一部大商人が国家財政を支える

 ・独占権をめぐる政治との駆け引き

 ・商人が実質的な資金源

これらは非常にリアルです。


ただしサンオクのような

「利よりも道徳を優先する、大商人」

という人物は、理想化された部分が大きいです。

現実の大商人はもっと生臭く、政治との結びつきは深かったはずです。


必要なら、次のような方向でも説明できます。


 ・湾商と松商の内部構造(株式組織に近い部分がある)

 ・人参交易が国家財政をどれほど支えたか

 ・朝鮮の商業が中国・日本とどう違ったか

 ・サンオクのような“道徳的商人像”が後世に作られた背景

続けますか?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私:

これは私の想像ですが、今の政府でいえば歳入は、

 ・企業が治める税金

 ・個人単位で治める所得税

 ・政府が持っている外債の利子(?)

 ・国債発行による借入金

でしょうか?

朝鮮後期の朝廷の歳入源はなんでしたか?


ChatGDP:

朝鮮後期(おおむね18〜19世紀)の歳入は、

現代の政府歳入と比べると「極端に細く、偏っていた」のが特徴です。

あなたが例に挙げた現代の財源

(所得税・法人税・国債など)とは、仕組みがまったく違います。


大きく分けると 4つ だけです。


① 田税(=土地にかかる税)

 朝鮮の歳入の“柱”でした。


 ・農民が収穫したコメや粟から一定割合を納める

 ・徴税はしばしば不正だらけで、

  実際に朝廷に届く量は少なかった

 ・そもそも耕地面積が少なく、

  人口に対して収穫が乏しい

国家財政が慢性的に足りない一番の原因。


現代で言えば

「政府歳入の6割以上を“コメ税”に頼っている」

くらいの偏りです。


② 商業税・専売収入(=高麗人参など)

 ここがドラマ『商道』とつながります。


代表例:

 ・高麗人参の専売利益(松商)

 ・海運・関税に近い取引税

 ・市場税(店を開く人が払う税)


朝鮮は貨幣経済が弱かったので、「税」といっても固定制度ではなく、

商人からの“上納金”が税の性質を兼ねる ことが多かった。

→ ドラマで、商人が大量の銀や税を朝廷に納めるのは、この歴史背景と一致します。


③ “貢納”と呼ばれる名目の半強制的納付


両班(士大夫)や地方豪族が、役職を守る見返りとして

特定の物資や資金を朝廷に差し出す制度 がありました。


現代の言葉に近づければ

「政治とつながる富裕層からの半ば寄付金」に近い。

制度としては古代的で、財政の安定にはまったく役立たない。


④ 外交貿易に伴う収入(朝貢・冊封関係)

清への朝貢外交、琉球・対馬などとの冊封関係から生まれる収入。


・朝貢使節が中国から“回賜品”を持ち帰る

・それを国内で売ることで財源になる

・ただし額は不安定で、財政を支えるには小さい

→ 外交は「政治的必需品」であって、財政的な柱ではなかった。


■まとめると、朝鮮国家の歳入はこうなる


現代の政府歳入(所得税・法人税・国債)とは違い、非常に脆弱。


朝鮮後期の歳入比重(概念的なイメージ)


 ・土地税(コメ)……5〜6割

 ・専売・商業……2割

 ・貢納……1割

 ・外交収入……少量


しかも、不作の年はそのまま国家財政が崩れました。

近代国家のように「国債を発行して補う」仕組みがなかったからです。


■なぜこの構造で国家が持たなかったのか?


原因は単純です。


 ・農業中心で税基盤が弱すぎる

 ・商業税をきちんと構造化できない

  (贈賄と癒着に流れる)

 ・国債制度がない

 ・銀不足で貨幣流通が育たない

 ・行政組織が徴税能力を持たなかった


つまり

「近代国家の財政」ではなく、

中世的な“勘定台帳”の延長で運営されていました。


この状態で、19世紀の世界市場(列強の圧力)に直面したため、

財政再建が不可能で、改革が進まないまま国力が衰えたわけです。


必要なら

 ・江戸幕府と朝鮮王朝の税制度を比較する

 ・「なぜ朝鮮には国債が成立しなかったのか」

 ・商人の上納金がどの程度政治を動かしたのか


など、より具体的にも説明できます。どちらへ進めますか?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私:

歳入源についてはわかりましたが、歳入の合計金額と、歳出の用途別の金額(つまり、何にどれぐらいの支出をしたか)も、わかりますか?


今の政府の仕組みしかわからないので、朝鮮の朝廷の役割や全体のイメージがつかめません。徳川幕府は各藩別にある種の独立採算だったのでは?と感じていますが、どうなんだろう?


ChatGDP:

朝鮮王朝について、**“国家予算のイメージ”**をできるだけ現代の感覚に置き換えて説明します。

ただし注意点として、朝鮮後期は帳簿が整っておらず、歳入・歳出の「合計額」が現代のように数字で残っていません。

存在するのは断片的な資料と推計です。


ただ、「だいたいどういう規模で、何にお金を使っていたのか」は再構成できます。

ーーーーーーーーーーーーーーーー


■1. 歳入はどれぐらいの規模だったのか?(推定)


前提:

人口1,300〜1,600万(19世紀)

そのうち税を実質的に負担したのは常民だけ(60〜70%)


朝鮮の税体系は複雑ではなく、主に三つです。

 ・土地税(穀物)

 ・布税・雑税(布や特産物)

 ・労役(軍役・雑役)や代替の金銭

ただし徴税の半分以上が不正で抜けていたのが実情。


研究者の推計では、

中央政府が扱えた実質的な歳入は、全人口の0.5〜1%分の米に相当

と言われています。


これは現代感覚で言うと、

「国家が扱える予算が非常に小さく、市町村レベルに近い」ということです。


数字で例えると:

 ・例えば年間数十万石(コク)単位

 ・日本の江戸幕府(約400万石)と比べてかなり小さい


中央政府の財政規模は、

江戸幕府の 1/3〜1/5 程度 と推定する研究もある。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


■2. 歳出は何に使ったのか?


現代のように「予算書」があるわけではありませんが、

支出の大部分は以下です。


① 宮廷と官僚の維持(最も大きい)

 ・宮中の儀式、祭礼、料理、衣装

 ・宮殿の維持費

 ・官僚への俸禄(ただし実際に払えるのはごく一部)


朝鮮の国家財政は、

宮廷の維持が“最大の固定費”であり、行政費より大きかった

とされています。

(理由:官僚数が少なく、俸禄も低いか未払いが多い)


② 軍費(防衛)

 ・国境防衛(清への備え)

 ・要塞、城壁、軍需物資

 兵士の給与は低く、しばしば未払い


軍事費は重要だが、

慢性的に資金不足で常に弱体化していた。


③ 穀物備蓄・飢饉対策(常に不足)


 本来は

 ・義倉(村レベルの備蓄)

・常平倉(政府の穀物価格安定制度)

があった。


しかし19世紀には不正でほぼ形骸化。


ドラマ『商道』でサンオクが税や米を納めるのは、

国家が本来すべき「物価安定」「飢饉救済」を、商人が肩代わりしている状況

を反映しています。


④ 科挙・学校など教育制度

 規模は小さい。


⑤ 外交儀礼(中国・琉球など)

 朝貢・接待費用など。

 中国(清)への朝貢費用は重かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


■3. なぜ朝鮮は「国家の財布」が小さかったのか?


理由はシンプルで三つ。


 1.課税対象にできる人口が少ない(両班が多すぎる)

 2.徴税官が腐敗し、中央に届かない

 3.貨幣経済が弱く、税が物納中心で流通しにくい


結果として中央財政は常にギリギリ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


■4. 徳川幕府との比較


あなたの感覚は正しいです。

**徳川幕府は「藩ごとの独立採算」**に近い構造でした。


●徳川幕府


 ・幕府=中央政府

 ・藩=地方政府

 ・それぞれが独立した財源(石高)と支出を持つ

 ・各藩は独自の行政組織と徴税システムをもつ

 → 財政が分散しており、徴税能力も比較的しっかりしている


●朝鮮王朝


 ・中央集権のはずだが、行政能力が弱く

 ・地方官がほぼ“私領主化”

 ・中央へ税が届かない

  → 形式は中央集権だが実態は「バラバラ」


徳川幕府の方が


 ・役人(武士)が公務員化しており

 ・物流・貨幣経済が発達

 ・藩で会計も記録される

つまり財政の透明度と徴税能力は日本の方が高かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


■5. 朝鮮は「国家の財布が小さく、地方の懐が大きい」社会


 ・中央は常に金欠

 ・地方官(守令)が徴税を握り、私腹を肥やす

 ・両班は税免除で負担せず

 ・常民だけが搾られる

 ・商人がしばしば国家の代わりに公共事業を担う

  (ドラマ『商道』でよく描かれる構図)


これが朝鮮後期の特徴です。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


必要ならさらに続けます


・朝鮮政府の「官僚数と俸禄の仕組み」

・朝鮮の軍事費はなぜ常に慢性的に不足したのか

・官職売買(賄賂)と財政の関係

・日本と比べて貨幣経済がなぜ発達しなかったか

など、どれでも説明できます。

次はどこを知りたいですか?


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(だらだら、思いつくままに続けます。)

※今回の感想

なるほど。『商道』『イ・サン』の場面を思い出すと
ChatGPT の回答が、腑におちます。

それにしても、少ない歳入を
「宮中の儀式、祭礼、料理、衣装・宮殿の維持費」に使ったんですね。。。

『イ・サン』で正祖が、「役人の数が多すぎる」と言ってたし、
王妃が「質素にできる時は質素に」と言ってた気がする。


2025-12-04

いろいろありすぎて とうとう涙

 

11月半ばから、いろいろあった。


いつものドライアイ・ドライノーズ・後鼻漏。

頭痛・左胸の痛み・身体の痛み。皮膚の炎症。


さらに、過敏性腸症候群の回数が増えた。


不整脈もちょこちょこ起きる。

120拍以下だから、何とか最低の作業はできるが

断続的に ピクピクが一日続くと 

ウンザリしてくる。


おまけに、舌の付け根と扁桃の境目あたりの喉の痛みが2週間以上つづく。

今回は、手持ちの桔梗湯・トローチ・のどスプレーが、まったく効かない。


フンバレ ワタシ。

マケルナ ワタシ。


そう思いながら ブログも書いていたけれど

11/30(日)、限界になったのか

とうとう 涙。


夫、過日の朝から、片足のモモに

真っ赤な内出血のようなのがたくさん出来ていたらしい。


でも、それを私に話したのは

次の日の夜遅くになってからだ。


確かに1cm大の血ぶくれのようなものに、

真っ赤な内出血のようなものが 20個ぐらい。


痛くもかゆくもないから

そのうち消えると思う と夫は言ったが、

どう見てもおかしい。

こんなの、消えるはずがないと私は思った。


が、痛くはない・熱もないと言うので、

緊急ではないだろうという事になった。

土日休日と重なって、皮膚科に行ったのは5日後。


その時は腰まで30個ぐらいになって、血ぶくれも増えて

なぜか、総合病院の皮膚科への紹介状が出てすぐ行ってという。


総合病院で待たされて、結局「帯状疱疹」で1週間分の薬が処方。

「もうこなくていいよ」と言われたそうだ。


それなら、最初のクリニックで薬を処方してくれたらいいのに

・・・と、夫と子供は帰宅後ブツブツ。


子供は、私に

「あれは一目で、帯状疱疹とわかるだろう。内出血だと言うから、急がなくていいと思ったけど。帯状疱疹ならすぐ連れて行ったのに」と、ブツブツ。


そう言われると、「タラレバ」と考えるのは誤りだが、

すぐ夫が話してくれたら・・・ と思ってしまう。


~~~~~~~~~~~~~~~~


昨日から、ようやく喉の痛みの峠を越したようだ。

これからも、多分 イロイロ アルネ。

まだまだ、こんなの「序の口」なんだろうな。


でも不整脈だけは、ひどくならないでほしい。


今年の12月のカレンダーの写真は、

赤いバラと白いポインセチアに、

何かのグリーンの取り合わせだった。


後方に、3本の紅いロウソクの火が揺らいでいる。


そのロウソクを見たら、

私も、祈りたくなった。


でも、何に向かって祈ればいいのか?

マリア? ブッダ? 観音菩薩? 太陽?


4つ頭に浮かんだが、

ロウソクを灯し、

本当に 本気で祈る対象になるかと言えば、

ならないような気がした。


こんな時、信仰がもてないのは悲しいものだと思う。


私ができるのは
「大丈夫。大丈夫。」とつぶやきながら
静かに 呼吸することだけだ。