2026-02-06

ドラマに出てくる場所までどれぐらい歩く?とGDPに訊いて、ビックリした

 

私:

思い出したのでついでの質問です。

漢陽は、海岸にも近いですよね。

ドラマによく出てくる船の渡し場「麻浦(マッポ?)」までの距離は、王宮からどれぐらい?


また、王族などの流刑地「江華島(カンファ島)」はどれ位ですか?

江華島はまた、外国から攻められる最初の場所だったですね。


開城(ケソン)も時々出てきました。


ドラマでは、光海君の父親宣祖は豊臣秀吉が攻めて来たとき、

漢陽を捨て、民衆にののしられながら開城へ逃げ、最終的に

平壌から義州まで逃げていました。


漢陽と義州の間の距離はどれぐらいですか?

イムサンオクたちが、荷物を背負って歩いていました。


一般人の流刑地としては、済州(チェジュ)島がよく出てきます。

宮廷女官チャングムの誓い - Wikipedia や

キム・マンドク〜美しき伝説の商人 - Wikipediaなど。

あそこは漢陽からどれぐらいですか?

流刑地まではみんな歩いていたので、距離が気になりました。


ChatGDP:

では、距離感を現代の地図感覚に置き換えつつ、順に整理します。
数字はすべて「だいたい」で、徒歩移動を前提にしています。




① 漢陽(王宮)→ 麻浦(マッポ)の渡し場


  • 距離:約6〜8km

  • 徒歩:2時間弱

景福宮・昌徳宮あたりから漢江北岸の麻浦までは、
今のソウルでも「都心から川まで歩く」感覚です。

当時の漢江は

  • 橋がほぼない

  • 船が物流の大動脈

なので、麻浦は
港+市場+倉庫街の役割を持つ重要拠点でした。
ドラマに頻出するのは自然です。




② 漢陽 → 江華島(カンファ島)

  • 直線距離:約40km

  • 実際の移動:約50〜60km

  • 徒歩:3〜4日

江華島は

  • 漢江の河口を押さえる

  • 海から漢陽に入る「喉元」

なので

  • 王族・高位者の流刑地

  • 外敵(モンゴル・フランス・アメリカなど)の最初の上陸地点

になりました。

「近すぎず、遠すぎない」
政治的にちょうどよい隔離距離です。




③ 漢陽 → 開城(ケソン)

  • 距離:約70km

  • 徒歩:4〜5日

開城は

  • 高麗の旧都

  • 漢陽の「北西の玄関」

宣祖がまず逃げ込んだのは、
政治的にも象徴的にも自然です。




④ 漢陽 → 義州(ウィジュ)

  • 距離:約500km

  • 徒歩:20〜30日以上

これはもう
東京 → 広島くらいの感覚です。


宣祖が
漢陽 → 開城 → 平壌 → 義州
と逃げたのは、

  • 日本軍が南から北上

  • 明(中国)に助けを求めるため

  • 国境(鴨緑江)直前まで下がる必要があった

からです。

民衆に罵られた、という記録は誇張ではありません。
王が首都を捨てて逃げる=国家崩壊寸前でした。




⑤ 漢陽 → 済州島(チェジュ)

  • 陸路+海路で:約450〜500km

  • 徒歩+船:1か月以上

まず

  • 漢陽 → 南岸の港(全羅道など)
    300km前後(徒歩2〜3週間)

  • そこから船で済州島へ


済州は

  • 文化も言葉も違う

  • 冬は荒海で孤立

  • 逃亡ほぼ不可能

つまり
一般人にとって最重刑クラスの流刑地です。

『チャングム』『キム・マンドク』で
「一度行ったら人生が変わる場所」
として描かれるのは、現実に近い。




⑥ 「みんな歩いていた」のは本当か?


結論:本当です

  • 馬:軍・官用のみ

  • 牛車:物資優先

  • 一般人・罪人:徒歩

しかも

  • 荷物は自分持ち

  • 宿はほぼなし

  • 食事は現地調達

なので
距離=そのまま刑罰の重さでした。




全体イメージ(朝鮮の空間感覚)


  • 漢陽周辺(麻浦・江華):
    → 政治と軍事の核心圏

  • 開城・平壌:
    → 準首都クラス

  • 義州:
    → 国家の限界線

  • 済州:
    → 社会からの放逐

ドラマで人が「歩いて移動する」描写は、
誇張ではなく、むしろ控えめです。

もし次に興味があれば、
「なぜ日本の大名行列と、朝鮮の徒歩流刑はこんなに違うのか」
も説明できます。


私:

今の時代なら考えられない、うへぇ~という距離を歩いたんですね!

朝鮮の冬は寒いですが、少なくともドラマでは、

薄い綿入りの木綿か麻の上着に、

ズボンと脚絆(?)に藁草履という恰好でした。


確かに江戸時代の飛脚も駆けていたし、

旅人もみんな歩いて移動していたのでしょうが、

みんなが頑健ということもないだろうから、

朝鮮でも、日本でも、行き倒れがあったんじゃないかな?


「大名行列」は、別物でしょう?

宿場ごとに、宿に泊まり、十分な食事も得たのでは?


ChatGDP:

順に、事実ベースで整理します。




① 行き倒れはあったのか?


あった、しかも珍しくない。

朝鮮でも日本でも共通

  • 長距離移動=徒歩

  • 医療なし

  • 栄養状態は慢性的に悪い

  • 冬は低温、夏は脱水

この条件なので、

  • 病気

  • 飢え

  • 凍死

  • 過労

で倒れる人は普通にいました。

史料には

  • 「路傍で死す」

  • 「行旅病人(こうりょびょうにん)」
    という表現が頻出します。




② 「みんな頑健だった」は誤解


これは後世の思い込みです。

実態

  • 平均身長は低い

  • 慢性的栄養不足

  • 寄生虫も多い

  • 歯も早く悪くなる

つまり
今より体は弱い人が多い


歩けたのは

  • 生きるために歩くしかなかった

  • 途中で倒れる人は「脱落」した

というだけです。

生存者だけが目立つので、
「昔の人は強かった」ように見える。




③ 朝鮮の旅装はなぜあんなに薄い?


あなたの観察は正確です。

理由は3つ

  1. 綿が貴重

    • 厚着=金持ちか官人

  2. 重ね着前提

    • 下着+上着を何枚も

  3. 動きやすさ優先

    • 重装備だと歩けない

防寒性能は低く、
風と雪の日は普通に命取りでした。




④ 行き倒れはどう処理された?


冷たいですが、現実はこうです。

  • 道端で死亡

  • 地元民が簡易埋葬(義務)

  • 身元不明のまま終わる


朝鮮でも日本でも、

  • 「旅人の死」は社会的に軽い扱い

  • 国家が補償することはない




⑤ 大名行列は「別物」で合っている


これははっきり違います。

大名行列の特徴

  • 国家公認の移動

  • 事前に宿場へ通達

  • 本陣・脇本陣に宿泊

  • 食事・風呂・人足すべて確保

  • 医者・薬持ち同行

要するに
移動する巨大な役所です。




⑥ 一般庶民・飛脚との決定的違い

  • 飛脚:

    • 超過酷

    • 若くて訓練された男性のみ

    • 早死に多い


  • 庶民旅:

    • 宿に泊まれない日も多い

    • 食事は握り飯程度


  • 流刑者:

    • もっと下

    • 食糧支給なし

    • 監視付き徒歩

大名行列と比べるのは、

現代で言えば「自衛隊の輸送」と

「ホームレスの徒歩移動」を比べるくらい違います。




⑦ だからドラマの描写は?

結論だけ言います。

  • 徒歩距離:現実通り

  • 服装:やや綺麗すぎ

  • 行き倒れ描写:少なすぎ


実際は、

  • 途中で消える人

  • 途中で死ぬ人

  • 二度と帰れない人

が、もっと多かった。

「うへぇ~」という感覚は、
現実を正しく捉えています。


私:

イ・サン - Wikipedia や 師任堂、色の日記 - Wikipedia では、

朝鮮の美しい山として、金剛山 (朝鮮) - Wikipediaも出てきます。

師任堂、色の日記  では、サイムダンが一人で金剛山に登って

山々の景色を描くシーンがあります。

そこで彼女の初恋の相手イ・ギョム(架空の人物)と再会して、

二人で金剛山の月を眺めるシーンは とても美しかった。

こんな夕方~夜に変わる空は、どんなにきれいだろうと思いました。


申師任堂 - Wikipedia を読むと、実際に金剛山の絵を描いたのかどうかわかりませんが。

ドラマでは、彼女が絵の道具を持って山道を登っていったのですが、漢陽から金剛山の頂上(と言ってもいくつもの山があるのでそのどれかはわかりませんが)まで、歩いてどれぐらいかかりますか?


ChatGDP:

距離感と当時の移動条件を、数字で整理します。




① 漢陽 → 金剛山までの距離

  • 漢陽(今のソウル)から金剛山一帯まで
    直線で約150km

  • 実際の徒歩ルート(山・谷・宿場経由)
    170~200km前後

現代の地図で「ソウル → 金剛山」を見ると近く感じますが、
当時は最短ルートなどありません。




② 徒歩で何日かかる?

一般的な旅人の歩行距離

  • 1日:20~30km
    (荷物あり、未舗装路、休憩込み)

つまり

  • 早くて6~7日

  • 普通なら 8~10日

  • 女性一人+画材持参なら
    10日前後が現実的

しかもこれは
「金剛山の麓に着くまで」。




③ 金剛山の「頂上」に登るのは別問題

金剛山は1つの山ではありません。

  • 内金剛・外金剛・海金剛

  • 数百の峰

  • 道は険しい

  • 宿坊や寺を転々とする

麓 → 景勝地巡り → 高所
で、さらに数日かかります。




④ 女性が一人で登れたのか?

ここは現実とドラマを分ける必要があります。

現実

  • 完全な単独行は かなり異例

  • 僧侶・案内人・一行に同行が普通

  • 特に女性は危険が大きい


史実として

  • 両班女性が金剛山詣・遊覧をした記録はある

  • ただし
    **「一人で黙々と山奥へ」**はほぼ創作的演出




⑤ では、申師任堂が金剛山を描いた可能性は?

学術的には:

  • 金剛山を実見した可能性は否定できない

  • ただし

    • 現地スケッチか

    • 人づての話+想像か

    • 他人の画稿を元にしたか
      → 断定できない

当時の文人画は
「現地写生」より
理想化された名勝表現が主流でした。




⑥ 夕方から夜の金剛山の空は実際どうだったか


これは想像ではなく、物理的に言えます。

  • 人工光なし

  • 大気汚染なし

  • 月明かりが地形に反射

  • 雲海が出やすい

現代人が想像するより
はるかに暗く、はるかに鮮烈

星も月も、
「きれい」ではなく
圧がある光景だったはずです。




⑦ 結論として

  • 漢陽 → 金剛山:徒歩10日前後

  • 山中遊覧込み:2週間規模

  • ドラマの情景:
    距離と労力は現実通り、行動の自由度は美化

あの再会と月の場面は、
物理的には「過酷な旅の果て」にある光景です。
だからこそ、美しく見える。


私:

あっ 思い出しましたよ。

サイムダンは少女の時に、安堅(アンギョン)作の「金剛山図」を見て感動して、王様中宗の詩を書き写したんです。そこから悲劇が始まるという筋書きでした。

>夕方から夜の金剛山の空ははるかに暗い。

なるほど~。

確かに人一人いない山々の頂上は暗く、月明かりではわずかな光しかなく、あとは黒々とした山々に取り囲まれる。確かに圧倒される光景ですね。


なぜかここで、ChatGDPは2つの回答を表示して、

どちらがいいか選んでくれーという形になりました。

どちらの回答も似ていますが、私は短いほうの回答1を選びました。


ChatGDPの回答1

その筋書き、合っています。

安堅(アン・ギョン)の**「金剛山図」**は、
実景写生ではなく、理想化された名勝図です。
実物を見た記録も不確実です。

そこに中宗の詩(王の言葉)が重なると、

  • 絵=自然の象徴

  • 詩=王権の象徴

  • 書写=女性が触れてはいけない権威領域

という構図になります。

ドラマ的には、
「美への感動」ではなく
秩序への越境行為として描かれている。

だからあれが悲劇の起点になる。




金剛山の夜の光景についても、あなたのイメージは現実に近いです。

  • 月明かり=照明ではない

  • 山の稜線は輪郭だけ

  • 谷は完全な闇

  • 風音と水音だけが残る

視覚情報が消えるぶん、
空間の圧力が強くなる。

「きれい」よりも
「支配される感覚」に近い。

昔の人が山を
神聖・霊域・禁足地
として扱ったのは、感覚的にも合理的です。

ドラマの演出は美化されていますが、
光と闇の構造自体は現実的です。



私:

あなたの回答を読んで、ドラマって、けっこう美化する方へ、
脚色されてるんだとわかりました。

見るほうは、それでハラハラしたり、ウットリしたり、
笑ったり、ほっとしたりで楽しむわけですが、
ちょっと騙されてるような気がします。

でも、美化されていても、李朝時代のたいへんさがわかります。
私たちは、今の時代の便利さと豊かさを享受しているわけですが、
良くも悪くも「自然の姿」を大きく失ったんだとも思いますよ。


ChatGDP:

整理して考えると、あなたの感覚はかなり妥当です。
飛躍はありません。

まず、**ドラマは基本的に「騙す装置」**です。

ただし詐欺ではなく、感情を動かすための意図的な歪曲


李朝ドラマでよく起きている美化を分解すると、

  • 都市:
    実際は不衛生・雑然・臭気も強い
    → 画面では「風情」「活気」に変換される

  • 人物:
    権力者はもっと計算高く、庶民はもっと疲弊
    → 高潔さ・純粋さ・義理人情が強調される

  • 自然:
    危険・暗闇・寒さ・孤立が本質
    → 崇高・神秘・癒しとして描かれる

これは視聴者を「誤解させる」けれど、
同時に理解しやすくもしている




次に、「それでも大変さは伝わる」という点。


ここが重要で、
ドラマは事実の再現ではなく、
負荷の大きさの方向を伝える媒体です。

  • 移動が過酷

  • 身分で人生が決まる

  • 国家は弱く、個人が脆い

  • 自然は守ってくれない

細部は嘘でも、
構造そのものは嘘ではない




最後に、「自然を失った」という感覚について。

これは感傷ではなく、事実です。

現代は、

  • 夜が暗くならない

  • 寒さや暑さはスイッチで消せる

  • 移動は身体能力と切り離された

  • 病気や怪我は“運命”ではなく“管理対象”


その代わりに失ったのは、

  • 自然への畏怖

  • 身体感覚に根ざした判断

  • 生死が連続しているという実感

李朝の人々は自然の中に「生きていた」。
現代人は自然を「背景」にして生きている。

どちらが良い悪いではなく、
世界との距離の取り方が根本的に違う

あなたが「騙されている気がする」と感じつつ、
同時に「何かが伝わっている」と思うのは、
その境目をちゃんと見ているからです。


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ChatGPT の回答は必ずしも正しいとは限りません。

重要な情報は確認するようにしてください。

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